届きそうな思い

最初、その人を見たとき、絶対かなわないと思った。
でも今、目の前で真っ赤な顔をして微笑んでいる人は…

「太刀川ミミです。今日から１ヶ月間、教育実習で来ました。よろしくお願いします。」
普通、自分の出身校で実習するはずなのに…。
こんな男子校に放り込まれた彼女は…。

「ちょっと本部の手違いらしいのだけど…。男子校なんて、こんな機会でもなきゃ来れないかもしれないからね。
ちょっとわくわくするわ。」
ちらっと舌を出し、首をすくませる。
「まったく…どんな危険なことか、解っているんですか？」
「大丈夫よー。あたし、先生だもん。」
…まだ実習生でしょうに…。
高校生と言えど、腕力でかないっこないのに。

資料室で資料を片付けながら、２人きりの時間を過ごす。
「でも良かった。泉くんみたいな子がいてくれて。」
「委員長ですから。手伝うのはあたりまえです。」

クラスの皆が先生の手伝いをしたがったが、その下心に気がついていた僕は権力を使い、
自分がそのポジションにつく事に、成功したのだ。
絶対内緒ですけど。

「あ、そこ、気をつけてくださいよ。書類が山積みになってますから…。」
「え？」
僕の言葉にくるりと振り返った先生は、その拍子に書類の山に触れてしまう。
微妙な均衡で保たれていた書類が、落下を始める。
「きゃあ！！」
「あぶな…っ！」
思わず抱きしめるように、先生を抱え込む。
背中に色々あたるのがわかる。
…強い痛みが、背中に走った。
「ぐっ！！」
そのまま一瞬、息が出来なくなる。
先生を抱きしめたまま、床に倒れこむ。


「…くん、泉くん！」
やわらかな、僕を呼ぶ声で意識を取り戻す。
ゆっくり目を開けると、先生の顔が視界一杯に広がっていた。
「た…ち、かわ…。」
「大丈夫？無理しないで…。」
意識を取り戻したことにより、先生はホッと、安堵のため息をもらした。
「で…、大丈夫なら、体を起こしたいのだけど…。」
真っ赤な顔の太刀川先生を見、自分の状況を確認する。
「うわっ！あのっっ！すみません！！」
かばう体制をとりながら、無意識のうちにしっかりと抱きしめていたのだ。
ゆっくりと起き上がる。背中はまだ痛かった。

「ごめんね、本当に。」
「いえ…。僕の方こそ、送っていただいて…。」
あの後、資料室を即効で片付けると太刀川先生は、怪我した僕を送ると言って聞かなかったのだ。
「あ、先生、途中で寄り道してよいですか？」
「いいけど、どこへ？」
ゆっくりと二人で歩く。
「今日は両親がいないので、夕食を買って帰ろうかと…。」
「１人なの？」
「えぇ。」
僕の言葉に、しばらく先生は考え込む。

コンビニが見え始め、何を買おうかと考え始めた僕に、先生はとんでもない提案をした。

「じゃあ、うちにおいでよ。」
「…は？」
一瞬耳を疑った。何を言ってるのだろう？
「１人じゃ手当も出来ないでしょう？おわびにご飯も作るから、来てよ？
あたしも１人でご飯食べるの、寂しいし。」
固まる僕を無視して、勝手に話を進めている。
…状況、わかっているのだろうか？
「あ、でも、彼女に悪いか…。」
はたと立ち止まり、また１人で答えを出す。

「ねぇ、彼女に迎えにきてもらいなさいよ。手当もして貰ってさ。どーせ今日は金曜日だし。」
大きなため息を出す。
「…彼女なんて、いませんよ。男子校じゃ、女子と出会える確立なんて少ないですから…。
先生こそ、僕なんかが行ったら、お家の方とか、彼氏とか、まずいんじゃないですか？」
傷つくなら、浅いうちのほうが良い。
彼女ほどの魅力なら、彼氏の１人や２人いるのだろう。
こんなにかわいらしい、先生とは思えない魅力をもつ彼女が１人でいるなんて、考えられない。
「いやねぇ、彼氏なんていないわよ。家も一人暮らしだし、気を使わないでいいわよ。」
あっけらかんと、話す先生に、別の問題をふる。
「…だったら、なおさらまずいでしょう？」
「なんでよー？手当しないと大変なことになったら困るし…。ね？来なさいよ。よし！決まり！！」
強引に連れて行かれる。
…本当にわかってるのだろうか？
学校にばれたら、大変なことになるのに。
…僕だって、男なのに…。


通された先生の部屋は彼女らしく、華やかなディスプレイに囲まれていた。

出された料理は、上手とはいえないが、何とか食べることは出来た。
洋服が皺になるからと言って、男性物の袖を通していない服を借りる。
…複雑な思いになる。

「さ、手当するから、上半身脱いでこっちに背を向けて？」
素直に、言われたとおりにする。この人にはいくら言っても無駄と言うことが解った。
「あざになっちゃったわね。ごめんね。」
ひんやりとした感覚。湿布を張られる。
「いえ。先生に怪我がなくて良かったです。」
ぴたりと先生の手が止まる。
「い…泉君って、フェミニストね〜。やっぱり彼女とか、いるんじゃないの？」
「いませんよ。先生こそ、彼氏いるんじゃないですか？この服だって…。」
疑い深い先生に言葉を返す。そして、気になっていた疑問を口にする。
傷つくの、覚悟で。
「あぁ。今度のためにって思ってたのだけど…なーんて訳ないでしょう。
兼用と思って買ったら、男性ものだったのよ。着ても良かったのだけど、そのまま
とっておいたの。ちょうど良かったわ。」
あっけらかんと笑って、話してくれる。
その言葉に安堵している自分に気付く。
…期待、しても良いのだろうか？
「彼女はいなくても、好みの子とかいるでしょう？誰か紹介しようか？」
明るく言い放つ先生を恨めしく思う。
本当にわかっていないんだ。
…言ってしまおうか、どうせ来週いっぱいで実習期間は終わり、いなくなってしまうのだから。

「…気になる人はいます。」
「へぇ、どんな子？」
わくわくした様子に苦笑する。
こうして話していると、年上とは思えない。
「とても明るくて、かなりおっちょこちょいで…でも、一緒にいると安心できる女性です。」
「ふ〜ん。泉君ってそういう子がタイプかぁ。」
感心したように言う先生。やっぱり解らないですよね。
「でも、かなり鈍い人で、人気があるのに気が付かないんです。男性が多い職場なのに
平気でミニスカートをはいて来たりして。」
「へぇ…。良くその人のこと、見てるのね。」
まだ気付かないらしい。ニコニコ笑って僕を見つめている。
もう、いいや。
「この間も体育の授業の後のＨＲで、皆がまだ着替えているのに入ってきて、すごい悲鳴を上げたり…。」
「え…？それって…。」
真剣な僕の眼差しにようやく気付いたように、目を丸くさせる。
「ミミさん。あなたの事です。」
「泉くん…。」
先生と呼びたくなかった。もおう、１人の女性として見ている。
だから、生徒ではなく、１人の男性として見て欲しかった。

呆然としているミミさんを見つめる。
「あなたが好きです。初めて会ったときから。」
彼女は僕の強い口調に押されるように、喋り始めた。
「あ、あたしなんて、年上だよ？」
「そんなに違いません。」
「教師だし…。」
「まだ、でしょう？それに、うちの学校に決まったわけでないですし。僕も今年で卒業ですから。」
「わがままだし、おっちょこちょいだし、料理も下手だし。」
…あ、料理が下手なのは、自覚があったのですね。
いろいろ理由を並べる彼女の言葉を聞いていたが、口を開く。

「それで？ミミさんの気持ちは？僕を家に上げたのは義務感から？」
まっすぐに、ミミさんを見つめて。

僕の言葉を聞いて、真っ赤になり、下を向いてしまう。
そんな彼女を見ながら、じっと言葉を待つ。

「…義務感からなんかじゃない。たぶん…。」
「たぶん？」
「…すき。」
真っ赤な顔してうつむいている。
すごくいとおしく思う。

「これからも、よろしくお願いしますね、ミミさん。」
「こ…こちらこそ、よろしくお願いします。…光子郎くん。」


初めて会った時のように、言葉を交わそう。