万華鏡の恋人たち

電車に乗って、改めて気がついた。
…ミミさん、本当にきれいになった。
女の子は少し見ないうちに変ると聞いた事はありますが…。
そうやってどんどん奇麗になってしまうんですね。
女の子から女の人へ変る途中。
…この人はこの先、どんな風に代わるのだろう？
僕はどんな風になるんだろう？
あなたの隣りを歩けるような、あなたに相応しい男性になれるのだろうか？

視線を感じて、ミミさんを見る。
いけない、つい、一人の世界に入ってしまった。
ちょっと難しい顔をして、僕を見ているミミさんに声をかける。
「どうしたんですか？疲れましたか？」
にこやかに微笑んだつもりですが、顔は笑っているだろうか？。
「ううん。なんでもないの。」
笑い返してくれるミミさん。
でも、何か隠している笑顔。
また、いろんな事を考えているのですね。僕では力になれませんか？
身長は何時の間にかあなたを抜かしていました。
でも、精神面ではあなたを包むまでには至らないのでしょうか？

電車がホームに入る。
確かこの駅は混雑するんでしたっけ。
ミミさんのたてにならなきゃ。
久しぶりの日本のラッシュなんて、体力のない彼女には酷でしょう。
でも、体に触れたら嫌がるでしょうね。
また考えこんでいると、服をわずかに引っ張られる感覚がした。
遠慮がちに、僕の服をつかんでいるミミさんの手があった。
その姿がとてもいとおしく思えた。
思い切り、抱きしめたい。
でも…！
その考えを頭の隅に押しやりながら、ミミさんの背中に触れないように手を回す。
びっくりしたように、顔を上げられる。
嫌がるだろうか？
「…すみません。でも、ここから先、混みますから…。」
にっこり笑う彼女から、目が離せない。

本当は違う。
彼女を守るためというのは、建前だ。
僕の醜い独占欲のせいなのだ。
彼女に誰も触れて欲しくなかった。
抱きしめて、連れ去って、閉じ込めておきたい。
こんな酷い事を考えている。
ミミさんに知れたら、怖い。絶対に嫌われてしまう。
だから、彼女のからだに触れないように、手をまわした。

ホームに電車が入り、ドアが開いたと同時に人がなだれ込んでくる。
案の定、反対側のドアの方へ押されてしまった。
とにかく、ミミさんを守ることだけ考えた。
手の中にいるミミさんはぎゅっと目をつむり、衝撃に耐えようとしている。
そんなに力まないで良いですよ。僕が守りますから。
見つめていると、ミミさんが顔を上げた。
「大丈夫ですか？」
心の底の欲望を隠しながら、笑いかける。

ふいにミミさんの顔が赤くなった。
どうしたのだろう？
「ミミさん？顔が真っ赤ですよ？」
顔を近づけ問いかける。
「苦しいですか？」
これ以上近づいたらいけない。
頭の端ではわかっているのに、行動は止まらなかった。
もっと近くにいたかった。ぬくもりを感じたかった。
周りに人がいなければ、絶対、キスしてる。
かろうじて良心がブレーキかける。
こんな事を考えていると知られたら、絶対嫌われてしまう。
…その考えにたどり着いた時、頭が冷えた。

あわてて身を引こうとした瞬間、ミミさんの蝶のようなキスが頬をかすめた。

「ミ…！！」
びっくりして声が続かなかった。
思わず、体を支えていた腕から力が抜けてしまった。
その瞬間、ドアが閉まり、直前に人がなだれ込んできた。
「…くっ！」
「きゃ…。」
流されながらもミミさんだけは庇いたかった。
驚かれてもいい。
両腕で、強く抱きしめた。

抱きしめたまま、耳元へ顔を寄せる。
この距離なら他人に聞かれることもないでしょう。
「…いきなり、あんな事をするなんてずるいですよ。」
きれいな耳へ囁きかける。
「…僕だって我慢していたんですから。」
ミミさんも、同じ気持ちだったんですね。

ラッシュのおかげで、ミミさんの気持ちに気付くことができた。
たまにはこんな事も良いかもしれない。