青い月

月の光を浴びすぎると、おかしくなってしまうよ。

その時の僕は、月光に、当てられていたのかもしれない。

夜中にふと、目がさめた。
たしか今夜は太一さんが見張り番をしていたはず。
火のはぜる音がしない。
ふと周りを見渡すと、焚き火の燃えたかすの隣で、気持ちよさそうに寝ている太一が目に入った。
「…仕方ないですね…。」
くすりと笑うと、立ち上がる。
あたりを見回し、安全を確認する。
夜明けまではまだ間があるようだ。
月がだいぶ、高い。
「…そういえば、こんなに静かなのは久しぶりかもしれないですね…。」
いつもはもっと、緊迫した状況で。
洞窟や木陰に隠れるようにして眠っていた。
今ここは、森の中のちょっとした広場になっている。

月が良く見える。青白い、月。

しばらく月を眺めていると、どこかですすり泣く声が聞こえた。
「誰だろう？」
周りを見回すと、ミミが泣きながら眠っているのが目に入った。
月光に照らされた、青白いミミのほほを一筋の涙がつたう。
その危うさに、どきりとする。
月光に、酔ったとしか、思えない。

そっと光子郎はミミに近づくと、顔を覗き込んだ。
そのまま、目じりに唇を近づけ、そっとキスをする。
「…ん…。」
かすかにミミのまぶたがぴくんと動く。
光子郎は正気に返り、固まってしまう。
今、自分は何をしていたのだろう。
ミミは起きる様子なく、眠りつづけている。
間近にミミの顔がある。
こんなに近くで見たのは、初めてかもしれない。
まじまじと顔を眺めていたが、ある一点で目線がとまる。
かすかな寝息を立て、少し開いている、
綺麗な唇に。
引き寄せられる。
「……ぅん……。」
ミミが身じろぎをする。
ーーー！何をしているんだ！僕は！！
自分の唇をおさえ、光子郎はミミから身体を離す。

「…ん？だぁれ？」
光子郎の心臓がドクンと鳴る。
起きていた！？
「ミ…ミミさん…あの…。」
「ふ？あ、こーしろーくん…だあ。」
寝ぼけ眼で、ミミは光子郎に微笑みかける。
「眠れないの？」
その声は、甘さを伴って。
ドクン。
光子郎の心臓がはねる。
どうやらミミは今さっき気が付いたようだ。
「ん？あれ？あたし…。」
「泣いてましたよ？怖い夢でも見ましたか？」
落ち着け、僕の心臓。
「…もう、忘れちゃった。でも、光子郎くんが出てきたような…。」
目をこするミミ。すっかり目がさめたようだ。
「わぁ、すごい月光！」
ミミは空を見上げる。
光子郎もつられて、空を見上げる。
「デジタルワールドといっても、元は同じ地球ですから、見える月は
現実の月なんでしょうか？」
つい、口に出す。
「いやねぇ、目に見えるものを信じればいいじゃない。」
くすくすとミミは笑う。
どうして、彼女は素直に答えを出すことができるのだろう？
どうして、自分は目の前のものを素直に見えないのだろう？

風が通り抜ける。
木々が重なり、こずえが鳴る。
草が輪唱をはじめる。
「まるで、自然のオーケストラね。」
ミミがにっこり笑いながら、言う。
「昼間と違った音だわ。夜露を含んでいる…。」
ミミには昼間のオーケストラも聞こえているのだろうか？
どうしてそんなふうに考えられるのだろう？
自分には、周りを見る余裕さえ、ないのに。

「ねぇ、向こう側、明るくない？」
ミミの指差した方向を見ると、確かに明るい。
木々の間から、光が漏れている。
「なんだろう？」
立ち上がり、光の方へ歩き出すミミ。
「ミミさん、危ないですよ。一人で行かないで下さい。」
ミミを引き止める光子郎。
どうして、この人はすぐ、行動に移すのだろう？
「じゃあ、光子郎くんも行こう！」
事も無げに手を差し出す。
どうして、この人は感情を出せるのだろう？
自分はこんなにも、隠してしまうのに。

ミミに手を引かれ、光の方向へいくと、また少し開けた広場が有った。
「わぁ…見て！光子郎くん！
下草に小さな花が咲いている。
いや、花ではなく、綿毛だ。
それが、風にふかれ、ふわふわ空中に舞い上がる。
青い月に照らされて、幻想的な景色。
「うふふ。綺麗…。」
ミミはその光の中へ踊り出る。
くるくる回るたびに、白い綿毛がふわふわ浮き上がる。
「すごく…綺麗です…。」
ミミが、すごく綺麗で、侵したがい空間に思えた。
でも、そんな事はいえない。
自分のガラではないし。
「おきてよかったね。」
満面の笑みで振り返るミミ。
その笑顔にゆれながら。
「そうですね。」
起きてて良かった。今、ここにいるのが自分だけで良かった。
―誰かいたら独り占めできない空間に、焼きもちを焼くところだった。

くるりとミミは振り向き、光子郎に微笑みかける。
―ドキン。

光子郎の心臓が大きく動いた。
息が止まる。
ミミは人差し指を唇に持っていき、いたずらっぽく笑う。
「二人だけの、秘密、ね。」
もちろん誰にも言うつもりもなかったし、言いたくもなかった。
この時間を二人だけの共有にしたかった。
「はい、二人だけの秘密、ですね。」

月光は狂気を孕むというが、青い月の光は、やさしかった。

あの月にもカグヤはいるのだろうか？
こんな月夜には地上に降りてくるのでは、ないだろうか？
月光をまとうミミは、もしかしたら
月の世界のものではないだろうか？