月水晶の森

「光子郎くーーん。」
エアポートの入り口で大きく手を振るミミさんの姿が見える。
元気欲走ってくる。
人にぶつかり転びそうになるのをはらはらと見守る。
決して自分の方から駆け寄ったりはしない。
今日はそう、心に決めてきた。

「わーーーい！久しぶり！」
ミミさんを包む香り。その甘さにくらりとする。
「…お久しぶりです。」
なるべく顔がにやけないように、平然とするように。
「なんだか、嬉しそうじゃない。」
…少し、面白くなさそうに口を尖らすミミさんの顔。
もう少し、我慢しなければ。
会えて本当に嬉しいけど、言っておきたいことがある。

「どうして、一番に教えてくれなかったんですか？」
「え？」
「帰国のこと。」
いつもは僕に一番に教えてくれるのに。
今回はヒカリさんが一番に受け取っていた。
2人の間でメールのやり取りをしているのは、知っていたが、メールを読んだ太一さんが
得意げに電話をしてきたことで、今回の帰国を知ったのだ。
…ちゃんと、ミミさんからの連絡はあったけど、面白くない。
「…だって、ヒカリちゃんに聞かれたから…。」
申し訳なさそうな顔。
「…ごめん、ね？」
少し首を傾げ、覗き込まないで下さい。
その目に弱いんですから。
それだけですべてを許せてしまうんですから。

「ミミさぁ～ん！」
「あ、ヒカリちゃん！？」
ぱっと声のする方に顔を向けてしまう。
少し離れたところから、ヒカリさんが手をふって走ってくる。
その後ろからは太一さんの姿も見える。
…太一さんから電話が来た時点で、嫌な予感はしたのですが…。
「光子郎～。抜け駆けはなしだぜ？」
そのまま僕の方へ近寄り、頭を小突かれる。
「な…。太一さん、僕は…。」
「太一さん、お久しぶりです。」
僕と太一さんの間を割って、ミミさんが挨拶をする。
…目の前で話をされるのって、なんか悔しいかもしれない。相手は太一さんなのに。

成田から東京へ向かう電車の中もミミさんの両脇は二人に取られたままだった。
楽しそうに話をしている3人。
…かなりくやしい。

新橋でミミさんの泊まるホテルへ荷物を置きに行くため、下車する。
ここで、太一さんたちと別れることにした。
さすがにずっと不機嫌だった僕を見て、3人ともまずいと思ったらしい。
それでも、八神兄妹はにやにやしながら、帰っていったが。

ホテルへチェックインをしにいく。
部屋に入り、荷物を置く。
「…えっと、光子郎君、何処に行きたい？」
いつも、ミミさんの荷物を置くと、決まって買い物や食事に行っている。
今日のミミさんは、僕のご機嫌を取ろうと、いろいろ考えているようだ。
「あ、秋葉にいく？それとも新宿？そういえば、映画みたいって言ってたよね？
…何処がいいかなぁ。」
一生懸命考えているミミさんがいじらしく思える。ちらりと、視線を送る。
「え…と、光子郎…くん？」
「…なんですか？ミミさん。」
少し冷たく返事をする。
「あ、あのね、あのねっ！」
言い訳しようとしているミミさんをじっと見つめる。
その視線にあせったように、色々と話し出した。
「だって、太一さんもヒカリちゃんもちゃんと会えたのって久々だし、
女の子同士で話したいこともあったし、太一さんとお話したかったし…
あ、ほら、メールであまり話せないじゃない。光子郎君に最初に伝えられなかったのは
悪いと思ってるけど…。でも、ヒカリちゃんに聞かれたから、答えないわけにはいかない
じゃない？…だから…。」
「だから？」
一言だけ問い返す。
「ごめんなさい。」

素直に謝るミミさんに吹き出しそうになる。
僕が彼女の中で一番と言うのを確信したかっただけなのだ。
かなり、ずるいとは思っているけど。
もう潮時かな？

ソファに座ったまま、ミミさんを招き寄せる。
「なぁに？」
上目遣いで僕を見る。
…だから、その目は反則ですって。
近づいてきたミミさんの二の腕をとり、思い切り引き寄せる。
「きゃ…。」
「…ミミさん。」
静かな声で。
真剣な声で。
「おかえりなさい。」
言葉とともに
くちづけをおくる。

唇を離すと、ずるずると崩れ落ちるミミさん。
…ちょっと、本気を出しすぎたかもしれない。
「大丈夫ですか？」
ちょっと笑いをこらえながら、手を差し伸べる。
「ミミさん？」
差し出した手を振り払いながら、僕の顔をにらみつける。
「…最初から怒ってなんて、なかったのね。」
見上げるその目が、少し潤んでますよ？
その色っぽさに見とれていると、ますますミミさんの機嫌が悪くなったようだ。
「光子郎のバカァーー！！」
お得意の一言を言い放つ。
「すみません、ミミさんに会えたのが嬉しくて。」
一瞬固まり、顔を真っ赤にする。すごく可愛い。
その様子が僕をおかしくするんですよ？

「とりあえず、覚悟してくださいね。」
つぶやいた言葉はミミさんに届いたのだろうか？

いつも僕の方からだから、たまにはミミさんにも行動してもらおう。
どれだけ僕が貴方を思っているか、感じてもらおう。
これ以上僕から動いたら貴方を壊してしまいそうだから。

　

貴方からの手