Tom and Jerry
全くあいつはムカつく事しかしない。
考えられない行動ばかり取る。
仲間としては…信頼できる方だと思うけど…。
「もう、すっかり遅くなっちゃった。あたし、そろそろ帰るね。」
周りを見まわして、ジュリが言う。
中央公園で散々遊んだ証拠として、夜の公園内に街灯が灯りかけていた。
「あ、加藤さん、お…送っていくよ。」
タカトにしては珍しく、積極的な言葉。
誰かの入れ知恵でしょう？
アタシはタカトの後ろに立っている背の高い男子を見る。
…やっぱり、アンタの仕業ね、ジェン…。
薄く笑っている顔を睨みつける。
タカトが、あんなに積極的なわけ、ないもの。
別にタカトがジュリを送っていくのはどうって事ない。構いやしないんだけど…。
なんか、むかつく。
「ありがとう、でもあたしは大丈夫よ？」
さらりとかわすジュリにタカトは残念そうな顔をする。思わずその表情に噴出しそう
になるのをこらえる。
タカト、アンタ、考えてる事、顔に出すぎ。
それが、アンタの良いところでもあるのかもしれないけど。
「でも、もう、遅いし。僕が留姫を送っていくから、加藤さんはタカト君に送っても
らったら？」
「ん〜そうねぇ。…じゃ、タカト君、よろしくだワン！」
ジュリの手もとのパペットが動く。
結局、自分一人じゃ女子も誘えないのね。まったく…。
と、聞き流していた事に気がついた。
なんだか、変な話になってない？
「留姫ちゃん！またね！」
元気に手を振るジュリに気圧されて、思わす手を振って二人の後姿を見送ってしまっ
た。
「さて…留姫、まだ、時間があるんだろう？」
公園の時計をちらりと見る。確かに、門限までまだ時間がある。
…もっとも、門限なんてあまり気にしていないのだけど…。
「ちょっと、話をしない？」
「…なんの話よ？」
灯りのともり始めた街灯の下のベンチへ移動する。
…ここも後、数時間もすれば、恋人たちの甘い囁きが聞こえるのだろう。
大体、こんなところで話さなくったって、良いじゃない。と、思いながらも促される
まま、ベンチへ座る。
少し、風が寒いのか、これから起こるかもしれない何かに緊張しているのか、身震い
がした。
「寒い？」
「別に。」
ジェンの顔が少し笑っている気がした。
少しだけ、会話が流れ出した時、ジェンの口からとんでもない言葉が出てきた。
「留姫はさ、キスした事…ある？」
――絶句。
言葉が出てこないって、こういう事なのかしら？
に、しても、もう少し言葉を選べないものかしら？
ロマンティックを求めてるほど、夢見る少女ではないけれど。
第一、アタシのキャラじゃないもの。
「ねぇ？留姫。」
少し心配そうに眉をひそめてアタシの返事を待っている。
…アンタから告白されて、付き合うのは初めてだって言ったんだから、もっと考えな
さいよ。
とは、言ってやらない。
「…さぁ？」
まさか、こんな事を聞くためだけに、ジュリをタカトに送らせたんじゃないわよね？
「そういう自分はどうなのよ？」
無言で見つめられる重さに耐えきれなくなって口を開く。
「僕？僕はね…。」
少し考えこむそぶりを見せるジェンを横目で見て、少し不安になった。
…別に、アタシが一番じゃなきゃとか、そんな事を言うつもりはないけど。
「留姫。」
「なに？」
つい、名前を呼ばれてそちらの方を向いてしまった。
…思えば、最初からすべて作戦だったのかもしれない。
「――！！！――」
頬に触れる柔らかい感触。そしてそれは一瞬で。
「な…！？」
思わずまだぬくもりが残るような頬を押さえて、アタシはジェンから身体を離そうと
した。
「おっ…と、留姫。」
なのに、あいつは簡単にアタシの腰に手を回して強く引き寄せて…。
今度はその柔らかい感触が、唇に。
…人の唇ってこんなに柔らかいんだ…
頭の中が真っ白になる。なにも考えられない。
わかるのは、ジェンの、ぬくもりだけ。
「…ってのが、初めてなんだ、実は。」
頬はスキンシップの一環として、あるけどね。と言いながらジェンはゆっくりと身体
を離すとアタシに微笑みかけた。
「留姫は？」
身体に力が入らなかった。何をされたのか、良くわからなかった。
「キス、したの。僕が、はじめて？」
そうか、あたし、今、キスしたんだ…。
「留姫？」
ボーっとしたまま反応を返さないアタシにジェンは慌て出した。
「留姫？あの…大丈夫？聞こえてる？」
悔しいから,仕返ししちゃおう。
ジェンの手が、あたしの肩に触れた。
「留姫？」
瞳を覗きこんでくる。
ジェンのグレーの瞳にアタシが映る。
…そうだ。
チュ
「…る、留姫！？」
ジェンが慌てて身体を離す。片手は唇に、顔を真っ赤にして。
変なの。自分からしておいて、されると照れるなんて。
「…ずるいよ、留姫。」
「アンタだって、十分、ずるいじゃない。」
ふふん、普段は冷静なジェンの慌てた顔が見られて、良しとしよう。
「さぁ〜て、遅くなっちゃうから帰ろうっと。」
ベンチから思いきり勢いをつけて立ち上がる。ずいぶん時間が経ってしまったみたい。
すっかり周りは暗かった。
そういえばお腹も空いたな。今日の夕ご飯はなんだろう。
「留姫！まってよ。」
慌ててたちあがるアイツの声を背中に聞く。
やっぱり、こっちが主導権を握らなきゃね。
どうしても送るというジェンの言葉に負けて、二人で並んで歩く。
言葉はない。
ジェンは色々と考えこんでいるようで、片手をあごに当てたままなにもいわずに歩い
ていた。
あたしもなにも言わずに歩く。この空間が心地よかった。
家の明かりが見えた。ここがいつもの別れる場所。
「じゃ、ジェン、ありがとう。」
「…留姫…さっきの答え…。」
…覚えていたのね、もしかして、ずっと黙っていたのはもしかして、これのことを考
えていたのかしら？
呆れるのを通り越して、感心しちゃうわ。
良く考えていられるわね、こんな、些細な事。
アンタの頭だったらすぐにわかると思っていたんだけど。
「…これで、２回目よ。」
「ル…キ…。」
ジェンの驚いた顔を見る。自分の手で自分の唇に触れるのが視界に入った。
「…おやすみ！！」
その場にいたくなくて、恥かしくて、家の中へかけ込む。
顔が熱くなる。
きっと真っ赤だ。
「バカ…。」
そしてあたしも自分の唇にそっとふれてみる。
アタシの唇に残るのは、今さっきの、アイツの唇の感触。
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